AHIPFUKENI

É BLOG da Nao que trabalho no escritório de Ministério da Agricultura em Ximbutsu, situa-se na província de Gaza em Moçambique. Tem que visitar não só blog mas também aquí mesmo! KANIMANBO

帰ってきた娘の結婚式

葬式ばっかりの村で、たまの楽しい催し事といえば結婚式。
なかなか役所に婚姻届を出して、公に登録できるだけの経済力がある人はおらず、村では多くの人が「自称:既婚者」という状況だ。村の人の結婚に関する概念については、ちゃんと役場に登録する「フォーマル結婚」と自分達で勝手に結婚したとする「インフォーマル結婚」の二つがある。確かに複数の女性を持つ男性が多くいるので、「インフォーマル結婚」という概念も残しておかなければ、色んな事が社会として回っていかない気もする。
しかし一生懸命働いて、お金を貯め、50キロ離れた町に婚姻届を今になって提出する50代カップル(孫あり)の結婚式とか、本当に幸せそのものだ。
おばあちゃんが白いドレスを着て、おじいちゃんも幸せそうに笑って、結婚指輪をして。

それにしても多くの人がフォーマル結婚できない理由が未だに分からない。登録だけなら金はそんなにかからないと思うのだが。その後のパーティーなどにお金をかけるからだろうか。また聞いてみようと思う。

それはさておき、最近も一つ結婚式があった。6月くらいから、あるオバちゃんに「8月に結婚式あるからね!」と念を押されていたので、前日の準備から参加。
村出身の花嫁さん(26歳)と首都で働く花婿さん(30歳)の結婚式だ。
二人とも現在首都に住んでいるらしいが、彼女の実家であるこの村でもパーティーをしようということらしい。
牛を一頭殺して、さばいて煮て、前日から準備で大忙し。前日の準備中はとても楽しい雰囲気で、みんな仕事歌を歌いながらそれぞれ仕事をしていて、それはそれは楽しかった。
主食のシマ作りを十数人でやっている姿は圧巻だった。

IMG_1841.jpg
さばいた牛の後。流石に殺してる間の写真は撮れなかった。

そして結婚式当日。私は家で大量のチョコバナナクレープを作って持っていった。(これは大人気だった)
しかし何だかおかしい。花嫁のテンションが低い。目線が落ちている。花婿のテンションも緊張しているのか顔がこわばっている。
式が始まり、食事中も、その状況は続き、挙句の果てには花嫁さんが舌打ちをした。
私は疑問に思い、近くのオバちゃんに聞いてみた。
「幸せの絶頂の結婚式で、何で花嫁さんは元気がないの?」
するとオバちゃん
「あの娘はこの自分の村が嫌いなんだよ。首都のマプトが好きなの。シャンガナ語も話せないフリするし、砂道をヒールで歩いている時から怒っていたのさ」

IMG_1843.jpg
今回の主役・・・です・・・。
あえて、ウエディングケーキに焦点あてて撮りました・・・。

花嫁の村を見下す態度は顕著で、折角前日から村の女性達が準備しているというのに、当日は、首都から来た友人や花婿側の親戚一同で食事をし、首都から来た組みで楽しんでいるだけ。ウェディングケーキが配られたのも、首都組みだけ。
外国人であり、祝日でスカートを履いて行った私も、一緒に首都組みと食事をするように言われたが、「村のみんなと一緒に食べますから」と丁重に断った。この日を楽しみにしていて良い格好をしてきた村の女性達は家の外で暫らく立って待たされていた。(その後ちゃんと食事が全員に出されたが)

若者の間には残念ながらそういう傾向がある。どの世界でもそうではないだろうか。
町に憧れる。
仕方が無い。それでも折角、近所の人たち、正確には同じ教会の人たちがこの日のために、前日からシマ作りに何時間も時間を割いて来てくれ、彼女のお母さんなんて凄く嬉しそうに忙しく何でもしていたのに。お父さんは早くに亡くなっており、大変だったお母さんと親戚らががこうして村でもパーティーをアレンジしているというのに。
村の皆だって、この日はワンピースを着ていたり、お気に入りのカプラナ(腰巻)をまとって来ているというのに。
それより何より、小さい頃から彼女の成長を見てきた村のみんなは、首都の人間と結婚し、首都で暮らし、いわゆる成功を手にして村に戻ってきた娘の晴れ姿をどれだけ楽しみにしていたか。

シマは嫌。米かスパゲティーをフォークとナイフで食べたい。
シャンガナ語は嫌。ポルトガル語で育ったと見せたい。
畑は嫌。オフィスで素敵な格好をして働きたい。
実家は嫌。水もないし、電気もないし、携帯の電波もない。
村は嫌。下品で、明日のことを考えなくて、皆ボロをまとってひもじい。

首都から戻れば、お金をみんながせびる。「あなたの母親の兄弟の娘です」って具合に、首都で暮らし、お金を持っているらしい遠い親戚に、村人は寄って集って、金銭的助けを乞いに来る。
みんな、拠り所がないから仕方ない。5メティカイス(25円)でも良いから…と。

若者はどこの国でも同じかもしれない。
日本だってそうだ。やれ東京、やれアメリカだ、やれヨーロッパだ、って。
でも実際に行ってみるのは凄く良いことだと思う。アメリカに憧れて、留学したり。それはそれで良い経験だと思う。
でも、それで地元を否定してはいけないと思う。都会が全てでは全くない。正直言って、村人にとって首都は大都会だろうが、首都でも栄えているのは半径数キロ内で、残りの場所でも生活ぶりはあまりどこも変わらない(と思う)。
育ってきた環境を蔑(ないがし)ろにしてはいけないと思う。そう簡単に地元民にはなれない。
彼女も結構辛いこと、あるんじゃないかな。
田舎っぽさを隠す。首都に順応させていくこと。
「不自然」「自分らしくない」って、ストレスだと思う。

異なる文化の中に一定期間、飛び入り参加している身としては、日本人っぽい自分、川崎っぽい自分、感覚、自然な振る舞いを抜きにしたら、長くは持たない。

都会の繁栄に憧れ、そこに吸い寄せられる時期があっても良いが、自分を忘れてはならないと思う。

へそ曲がりの私は欧米諸国より途上国の田舎に憧れ、こうして吸い寄せられているが、相変わらず家族と、親戚と、友人と地元と、日本が支えであり、落ち着くところであります。
この国も、愛して止まないが。

おむつ事情に関する写真

一時的にここに「モザンのおむつ」に関する写真を載せておきます。

またおしっこしちゃった
うんち、おしっこをしちゃったら布を取り替えてあげます。三角に折って包みます。

布をあてる
おしゃべりしながら。

完成完成。

うしろ姿うしろ姿。

Y字クリップY字クリップなるものも、あります。

プラスティックカバーおむつ
買えるだけの現金がある人は、布を当てたあと、「プラスティックカバー」をします。
冠婚葬祭、長距離バスに乗るようなときに、これを使う人は多いです。
普段からプラスティックカバーをさせている人も勿論います。
ボタンが端にいくつか付いていて、かぶせた後、パチンパチン、と留めます。
基本的にサイズは一つしかないらしく、赤ちゃんの足回りなどいつもブカブカです。

IMG_0735.jpg
赤ちゃんはお母さんだけでなく、色んな人に負んぶしてもらいます。

IMG_0723.jpg
背中だけでなく、腰にくくりつけることもあります・・・。

CIMG3853.jpg
布当て期が過ぎるのは一人歩きするようになる頃から。
その後はパンツ一丁か、下半身裸でうろちょろし出します。
トイレは一人でそこら辺に・・・。
因みに、このうんちしている子どもの腰に、「赤い紐」がくくられているのがお分かりでしょうか。
この赤い紐は子ども(0歳〜8歳くらいまで)の健康などを祈った、おまじないの紐で、
伝統医の人につけてもらいます。

日本でも、「赤いパンツをはくと健康になる」とか聞いたことあるので、
「赤」を腰に身につけるのに何か意味があるのかもしれませんね。

V Festival Nacional de Cultura

皆さんこんにちは。
誕生日に、色んな人から手紙やメールや電話をもらい、幸せいっぱいでした。
ミクシーにメールくれた人達、本当にありがとうございました!
(これから返信・コメント書きます!)

さて、今月11日から18日の一週間、この国最大の文化フェスティバルが、
私のいるガザ州の州都で開催されました!
これは隔年(2年に一度)行われ、文化振興、交流などを目的に、
ダンス、音楽、芸術作品、各地域の伝統的な道具や洋服などを紹介し合います。
かなり、モザンの、モザンにより、モザンのためのフェスタ、って感じで、
ポル語の話せない外国人は絶対このフェスタ開催情報に辿りつけないだろうな、と思いました。
実際、この国で活動する日本人ボランティア達もフェスタのことを知っている人は少なく・・・。
私を含めて3人しか来ませんでした・・・。
ラジオ愛聴者の私としては、結構宣伝されていたと思うんだけど。
+私も任地から参加する人達と普段から練習に付き合っていたのでかなり前から楽しみにしていました。
兎に角素晴らしいフェスタで、2010年のフェスタを見る為だけに、戻ってきたいな、と思うくらい。

開催前日くらいに
各州(10州)からの代表団がぞろぞろと、開催地の近場の高校などの寮に泊まりこみ、
毎日午前中は練習し、午後からは本番。
午前中の練習も見もので、お互いダンサーだったり、ミュージシャンなので、
太鼓を誰かが叩き始めれば、誰かがまた違う楽器でセッションしだし、
周りのみんなが踊りだす。
そんな素敵なことが一週間続いています。
(私は現在総会中。16日にフェスタは引き上げて首都へ)

私の関わりのあった伝統医のオバちゃんグループが予選を勝ち抜き、参加するとのことで、
勿論、任地からオバちゃん達とトラックの荷台に乗って、離れた地域に住む伝統医の人もピックアップしながら、ガタガタ道を5時間半かけて州都へ到着。(普通に行けば2時間弱で着く距離)
それでも私達にとっては開催地がガザ州内なので、ラッキー。
他の地域の人は飛行機などを乗り継いで、ここまで来る。

IMG_1095.jpg
私の任地から参加した伝統医のグループ。
以前にもブログで紹介したと思うが、毎週決まった日に集まって練習を繰り返した。
任地には、モザン北部にあるCasa de Cultura(文化の家)などの施設はない。
日本でいう公民館や文化会館のような役割があって大切だと思うのだが、ガザ州にはない。
だから文化振興活動は日常的には行われておらず、このようなフェスタに参加するとなると伝統医に集合をかけて練習するのだ。

IMG_1092.jpg
ダンスリーダーのJoJo。
いつも気合の入った掛け声で、チームを引っ張る。
彼もポル語は話さないので深くは知らないが、現在伝統医のオバちゃんのところで修行中。

※ 伝統医になる為の方法・契機はいくつかある。
 1・家族に伝統医がいて、小さい頃から修行を受けているパターン。
 2・「伝統医になる夢」を見て修行を始めるパターン。
 3・悪霊が宿った経験があって修行を始めるパターン。などなど

IMG_1099.jpg
教育文化省の女性チーフたち。
一番右の女性は、フェスタの三日前くらいにWHOのミーティングで知り合って、
向こうから「なを!」と呼んでくれた。
今日は文化、伝統の日ということでみんなこういう格好をしていた。
素敵過ぎる。
IMG_1098.jpg
コレは北部に位置するザンベジア州の代表者たち。
素敵な衣装と髪型。
今回、このザンベジア州にあるCasa de Cultura(文化の家)に着任した先輩も一緒に行動し、
ホテルで寝泊りし(経費が出たので全て無料)、より楽しく過ごせた。
彼女のお陰でザンベジア州の人達と仲良くなれた。

IMG_1106.jpg
各州の工芸品、名産品を展示販売する場所も勿論あり。

IMG_1110.jpg
ニアッサ州というマラウィーに近い州で作られた服。
これは木の皮を剥いで作られ、遠い昔はこれを纏(まと)っていたとのことです。

DSCF1403.jpg
ふらふらしていると、テレビの人に捕まってインタヴュー!
いきなり勢いよくポル語シャワーを浴びるように質問されたので、びっくりしたけど、
ちゃんとコメントできたと思います。
DSCF1405.jpg
勢いよくインタヴューされて押され気味の私、の図。
DSCF1419.jpg
外国人、少ないので目立つんでしょうね。
今度はラジオの人に捕まってインタヴュー!
てか一緒にいた日本人二人も一緒に映れば良いのに…逃げて逃げて笑
私はラジオしか家に持ってないのでテレビは知りませんが、
朝ラジオを聞いていたら聞き覚えのある声が!って自分、放送されてました!
ちょっと良い思い出だな。
(写真撮影は全て一緒にいた、ツボちゃんが撮ってくれました)

DSCF1373.jpg
それにしてもガザ州・・・。もっと何か無いのか!ってくらい、みんなこの格好・・・。
他のprovincia(州)からダンス、歌、共に複数チーム参加しているので、
それぞれ個性を出しているにも関わらず・・・。
ガザ州は大体こんな格好。
私の任地からは「伝統医」チームが参加しているので、先に載せた写真にあるような
黒・白・赤をベースにした格好をしていますが。

DSCF1374.jpg
子どもも大人もこれ。
去年の12月に任地であった祭りでも、こんなんばっかだったな。
他の州は、カプラナという布を仕立てた洋服を着て踊ったり、見ているだから花がある感じ。
ガザは何故か「裸」ベース。これもまた素敵です。みんなの体、本当に美しいですし。

IMG_1339.jpg
先輩と彼女のグループメンバーの皆さんと。
ザンベジア州のみんなは特にフレンドリー。
この写真は夜にディスコで行われたライブの終了後に撮ったもの。

IMG_1268.jpg
ボーカルのオルガちゃんのダンスは素敵だった。
それにしても背中にエイズキャンペーン「レッドリボンマーク」って。
基本的に今回のフェスタで行われたダンスや劇はエイズをテーマにしたものも結構ありましたね。

IMG_1201.jpg
この子の自信たっぷりのダンスに、みんな沸いて、一気に盛り上がりました。
腰の動きが最高に凄かった。
ムービーも沢山撮ったんだけど、ここには載せられないので割愛。
(実際、このブログにムービー載せられるけどね)
IMG_1199.jpg
この子も沸いたなぁー!同じ様な写真が続くけど、これを載せずにはいられなかったわ!
こんな若い時期に、沢山の人の前で気持ちよく踊って、沢山の歓声と拍手をもらって。
これは絶対にクセになると思う。
この子はダンス、ずっと続けていくんじゃないでしょうか。
IMG_1156.jpg
おばちゃん達だって凄いんです。
みんな筋金入りのダンサーだけど、同時にどっかの家族のお母さんなんですよね。
練習中に子どもを背中に背負っていたり、お乳を与えていたりする姿も見て、なんか嬉しかったな。
IMG_1168.jpg
全て良い。太鼓の音がガンガンなって、観客も踊って、最高。ほんと最高。

IMG_1178.jpg
へびダンスは観客に大人気!
IMG_1182.jpg
このへびダンスリーダーは、ブッシュに行ってへびのニオイを嗅ぎ付けて捕まえるんだとか。
その後、毒抜きをして、やや調教してダンスに使うんだそう。
へびダンス、と言っても、クネクネ踊るのではなく、へびを持って普通のモザンダンスを踊るだけ笑。
それでも目玉ショーってことで、沢山の人がこれを楽しみに来たみたい。

IMG_1220.jpg
長期戦のこのフェスタ。
丁度真ん中にあたる14日は丸々一日休みでした。
ですので、私とK先輩で会場から2時間くらいかかる所にあるビーチへ!
めちゃくちゃキレー!と噂には聞いていたが、ホント綺麗だったわ。冬で寒くて泳げなかったけど。

IMG_1234.jpg
乗り合いバスを降りてから、ビーチまで実は40キロくらいあるんですよ。
他の乗り合いバスを待っていても全然来ないので、ビーチに向かって歩き始めつつ、
K先輩と車が通る度に親指を立てる。
アラブ系の人の車が止まってくれて、ビーチまで乗せてくれ、更には帰りも途中まで乗せてくれ・・・
本当に、この国にいると人の助け無しでは何もまわらないな、と思わされる。
で、彼らのお勧め?のオウム飼ってるレストランで昼食を。
こいつ、めちゃくちゃ攻撃的で、あんまかわいくない。
IMG_1235.jpg
綺麗なんだけどね。ストレス感じてるみたい。鎖につながれて。

今回のフェスタ期間中、先輩の出張に同行させてもらうという形になったので、
宿泊費は全部タダで、更に一人よりも複数いた方がより楽しいので、本当に先輩に感謝です。
あ〜楽しかった(涙)
2010年、一緒にこれに参加したい人募集。
IMG_1214.jpg
フィナーレ

本当に「赤」ちゃん

誕生日にちなんで、最近あった嬉しいニュースを。

通っている村を歩いていたら、ある女性が声をかけてくれた。
大きく手招きしながら、嬉しそうなギラギラの顔で、
「子ども生まれたんだよ!」って。
彼女の子どもじゃないけど、とにかく見に来い!って。

そ、そしたら・・・
生後4日で・・・

ちぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ちゃいの!

IMG_1018.jpg


こんくらい!こんくらいしかないの!分かりますか?!こんくらい!

で、静か〜に息してる。
たまにハエが顔に止まると、「むげ〜〜」って顔する。
あんなに小さいのに、ミニチュアな爪も生えてて、兎に角素晴らしい。

でね、そう、これはこっち来て知ったんですけど、
黒人の子どもも、生まれたては「赤」ちゃんなんですよ。
少し白っぽいし。
IMG_1020.jpg
男の子。これは生まれて一週間くらいの時。

で、あまりに「赤」ちゃんなんで、かなり興奮しながら、私は説明しました。
「に、日本ではね!Bebe(赤ちゃん)のこと、あ、赤ちゃんって言うの!それは何でかっていうとね!赤いから!赤とはね、日本語でVermelha(赤)のことなの!わー同じだ同じ!この子も赤ちゃん!」

するとね、赤ちゃんがぐずり出して、泣き出したんですよね。
あの時は、「ん〜、どちたの?起きたの〜?よちよち」とか話しかけたりしたけど、
今思うと、あの時のあたし、ハンパなくうるさかったんですよね。
完全にあたしが安らかな眠りを邪魔して赤ちゃんを起こしてしまいしたね。
まいっか。赤ちゃんは器が大きいから、怒らないで黙って許してくれたはず。

でも10日後、また見に行ったら、以下の写真のように、段々肌の色が濃くなってくるんですね。

IMG_1079.jpg
口元にハエが止まって、む〜、ってしてるところ。

まじで、子どもの誕生は喜ばしいことです。
お父さんもお母さんも、おじちゃんもおばあちゃんも、3歳くらいしか変わらないお姉ちゃんも、近所の関係ない泥まみれの子どもも、
み〜んな赤ちゃんを気にしてて、のぞき見て、ツンツンって触ったり。
赤ちゃんが家の中で、中心にいて、みんな幸せそう。
アフリカは大家族で、一つの命の重みが比較的軽いなんて、どっかで聞いたことがあった気がするけど、全然そんなことない。
生まれてきたら、大事にしますよ。
当然でしょ。

因みに彼の名前は一回聞いただけじゃ全く覚えられないし発音も難しいもので、忘れました・・・。
また今週聞いてみよ・・・。

7月7日について 誕生日

そう、七夕生まれなんですよー。

誕生花は水蓮で、花言葉は“清純な心”、
誕生石はクリスタル(crystal)で、宝石言葉は“純粋”。

そんな純純してないですが…(笑)
あえて言うなら・・・単純・・・くらいか。

たなばた、七夕・・・
そうそう今年は洞爺湖サミット開始日です。
1937年は、盧溝橋事件勃発の日です(その後日中戦争へ・・・暗)。

他の七夕生まれの芸能人は・・・
1887年 シャガール(画家)
1860年 マーラー(作曲家)
1844年 陸奥宗光(政治家・外交官)
1940年 リンゴ・スター(ビートルズ)

までは、良いんですけど、
1953年 研ナオコ。
彼女も七夕生まれなんですねー。
というか、誕生日検索して分かったのですが、
これほどまで政治・経済界で活躍した人間がいない誕生日ってない、と思うくらい少ないです。

<証拠: http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/birth-0707.htm >

七夕生まれの殆どが、中学校の教科でいう、
「技能4教科」系ばっかり。
画家、作家、プロボクサー、野球選手、映画監督、歌手、○○奏者など。
あたしもそっちの方が断然好きです。

それからですね、7月7日は「七夕」だけではないんですよ。
実は「ポニーテールの日」なんだそうです。
何故か。
「日本ポニーテール協会が1995年(平成7年)に制定。7月7日が「七夕」・「ゆかたの日」であり、織姫がポニーテールであることと、健康的でさわやかで、女性らしさをアピールできる髪型のポニーテールが浴衣に似合うことなどから。 」ウィキペディア

だそうです。
織姫だけじゃなくて、あの時代の女性はみんなポニーテールですけど。
ていうか「日本ポニーテール協会」って・・・。

更に七夕は「冷やし中華の日」だそうです。
これは、この日が二十四節気の「小暑」となることが多く、夏らしい暑さが始る頃であることからだそう。
冷やし中華、くいてーーーーーーーーーーーーーー!!
ゴマだれで、くいてーーーーーーーーーーーーーー!!

そんなことは置いておいて!

今年も健康第一で、実践する年にしたいです。
誕生日なんて、特にいちいち祝うことないと、年を重ねるにつれて思うようになりますが、
それでも家族や友人から電話やメール、手紙をもらい、
自分も一年を振り返ったり、
今までのことを振り返ったり、
また新しい目標をたてて、
心機一転したり。
久しぶりに連絡を取れたり。
更に、普段はなかなか言えないことを言えるので、とても良い機会です。

両親の間に生まれ、あの家族に育ったことだけでも幸せなのに、
今まで出会った人達もこれまた最高。
みんなほんと、元気でいてください。
みんながそこでそうして元気でやってると確信しているからこそ、
私もこちらで穏やかに、安心して活動できていることは間違いないです。
いつもありがとう。

そうそ、
今日も隊員のみんなと、調整員の方の家で食事をしたんです。
そのとき、一応アフリカと言えども南半球で現在、冬真っ盛り。
寒いので、隊員ジャケット着ていったんですよ。
一人でビーサンにジャケットで、変だということは分かっていたけど。
で、こちらへ来てから6キロも太ったんで、
隊員ジャケットのボタンをしめるとパツンパツン。
冗談抜きで、こういうジャケットがキツイって、かなり絶好調ってことだな、と。

また一年、こんな感じで盛り上がってこー!
次のページ

ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ アフィリエイト